埋め込みEmbeddedness
一言で言うと経済的な行為は、孤立した個人の損得計算だけで決まるのではなく、具体的で継続的な人間関係のネットワークの中で行われ、その関係が信頼や不正のあり方を左右するという視点。
中核的な問い
経済学の標準的なモデルでは、人は周りとの関係に左右されず、自分の利益を計算して動く。一方、社会学には、人は身につけた規範や役割に従って動く、と考える伝統がある。現実の取引では、相手をだませば得をする場面でも、多くの人は相手を信頼して取引している。この信頼はどこから来るのか。
主張とメカニズム
Granovetter (1985) は、「行為者は、社会的な文脈の外にいる原子のようにふるまったり決めたりするのではなく、自分がたまたま属する社会的カテゴリーによって書かれた台本に盲目的に従うのでもない。目的をもって行為しようとする試みは、具体的で継続的な社会関係のシステムの中に埋め込まれている」と論じた。これが埋め込みの考え方である。
Granovetter は二つの見方を批判した。一つは、人を周りと無関係に利益を追う存在とみる「過小社会化」の見方である。もう一つは、人は内面化した規範に自動的に従うとみる「過剰社会化」の見方である。両者は正反対に見えるが、どちらも目の前の具体的な人間関係を考えに入れていない点で同じだという。信頼についても、制度や契約だけでも、社会全体に広まった道徳だけでも説明できない。特定の相手との取引の積み重ねや、共通の知人を通じた評判が、信頼を生み、だますことを思いとどまらせる。
この見方から Granovetter は、取引費用経済学の「市場か組織(階層)か」という整理も問い直した。市場での企業間の取引にも継続的な人間関係が入り込んでおり、組織の内部も権限だけで秩序が保たれているわけではない。ただし、関係は信頼を保証しない。信頼が大きいほど、それを裏切ったときに得られるものも大きくなる。どの程度埋め込まれているかは、場面ごとに実証的に確かめるべき問いだとした。
身近な例
たとえば、ある小さな製造会社が部品の仕入れ先を選ぶとしよう。見積もりの価格だけなら、初めて取引する会社のほうが安い。しかし、長く付き合ってきた仕入れ先なら、急な仕様変更にも応じてくれるし、問題があれば早めに知らせてくれると期待できる。共通の取引先もいるので、相手も不誠実なふるまいで評判を落としたくない。こうして価格以外の理由で取引が続く。一方で、深く信頼しているからこそ、相手が不正をしても気づくのが遅れるおそれもある。
主要概念
- 埋め込み(embeddedness)
- 経済的な行為が、具体的で継続的な社会関係のネットワークの中で行われていること。
- 過小社会化(undersocialized conception)
- 人を、周りとの関係から切り離され、自分の利益だけを計算して動く存在として描く見方。
- 過剰社会化(oversocialized conception)
- 人を、身につけた規範や役割に自動的に従う存在として描く見方。
- 不正(malfeasance)
- 相手をだましたり、約束を破ったりして、自分だけが得をしようとする行為。
代表的な展開研究
- Uzzi, B. (1996). The sources and consequences of embeddedness for the economic performance of organizations: The network effect. American Sociological Review. DOI ↗ニューヨークのアパレル業界を対象に、企業間の関係が埋め込まれているかどうかと、企業の存続との関係を統計的に検討した。
- Uzzi, B. (1997). Social structure and competition in interfirm networks: The paradox of embeddedness. Administrative Science Quarterly. DOI ↗アパレル企業の聞き取り調査から、埋め込まれた関係は信頼、きめ細かな情報の伝達、共同での問題解決をもたらす一方、行きすぎると環境の変化に弱くなるという「埋め込みのパラドックス」を示した。
批判と境界条件
原典自身が、社会関係は信頼や秩序を保証するものではないと認めている。関係から生まれた信頼は、かえって大きな不正の機会になりうるし、関係は対立を生むこともある。また Uzzi (1997) は、埋め込まれた関係ばかりに頼る企業は、外の新しい情報に触れにくくなり、取引先の撤退などの変化に弱くなると指摘した。埋め込みは多ければよいというものではない。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Granovetter, M. (1985). Economic action and social structure: The problem of embeddedness. American Journal of Sociology. DOI ↗
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